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お酒についてのどうでも良い考察

「お酒」にあまり良いイメージはない
アル中、やけ酒、酒浸り、酒の上の過ち、飲酒運転・・・・・
でも私はお酒が好きです。
勿論飲酒は二十歳過ぎてから

最初は大学の学園祭で水泳部の部室で
日本酒をやかんから湯呑で飲んで意識失い・・・

自宅では父親が「女は飲むな」という主義だったので
こっそり自分の部屋でピアノの下でホットプレートの上に
コーヒーサーバーに赤ワインを入れてホットワインにして
いつの間にか朝になっていつもがびがびになっていて・・・・・

二期会研究所の伴奏をするようになり
毎晩合唱団やオペラの稽古をするようになると
音楽仲間と居酒屋で飲みあかし
オペラの打ち上げで夜通し飲んで語って
コンタクトはすしたら角膜もはがしちゃって
大騒ぎ💦っていう事も・・・・・

20代後半、お酒と歌を愛する仲間たちと出会い
毎晩のように六本木のドイツビアレストランで
飲んで歌って弾いてという日々も
そこで伴侶と巡り合ったのだけれど

伴侶はものすごく強くて
普段は口答え一つできなかった私も
思い切り飲んで取っ組み合いのけんかをして
次の朝爽快な思いだったことも
お酒の効用かも・・・・・

スポーツクラブに入り
水泳チームで宴会部長として
お花見・忘年会・試合の打ち上げ
家族ぐるみで大宴会を繰り返してた
試合では30秒泳いで
3時間飲み続けて3時間自転車で彷徨う
なんて武勇伝も・・・・・

歌い手さん達とも
伴奏合わせ終わると宴会
というのも日常だった

オペラのピアニスト仲間で飲んだ時には
赤ワイン何本も飲んだ後に
連弾を弾きまくるというのも楽しかった!

コロナで飲み会がなくなった
家族のみか独り飲み
みんなと飲めないのは本当に寂しい
でもひとりでも飲み続ける・・・・・

お酒には役割がある
ビール~とりあえず仕事が終わったという切り替えの証
赤ワイン~潤いと熟成を味わう
焼酎~とりあえず身体には良い
ジン・ラム他~酔いに向けての片道切符

我が家では
風邪をひいた時~~日本酒の熱燗
怪我をしたとき~~赤ワイン
という決まりがある
これは本当に身体と心が望むんだなぁ・・・・・

著名な音楽家の友人が言っていた
「お酒は習慣で飲んでるだけよ」
「お酒は時間の無駄」
本当にその通り!!

でも仲間で集まり
無駄にお金を使い
無駄に時間を使い
無駄に身体を酷使して
それで生まれるものもある

これから少しずつ飲み会も解禁されるかもしれない
独りでの心の自家中毒からも解禁されるかもしれない

それなのに
転ばないで無事に帰宅するためには
やっぱり
外ではあまり飲めない歳になった・・・・・



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秋に想う

もう10月9日コロナも収まりも見えてきて
このまま終わるのではと楽観視している私。
でも相変わらずコロナにかかるリスクはあり、
本番に向けて絶対にかかってはいけないと
自粛する毎日

膝を痛めてウォーキングから水泳に移行した
全く泳ぐ気力がなかったのから
1500M泳ぐまでに復活した
とにかく自分に戒めている
「頑張らない」
ゆっくりゆっくり成果を期待しない
人と競争しない
マイペースで今日できるだけやる
泳ぐと全身の意識しなかった痛いところ
故障しているところがたちどころにわかる
指の先のささくれ立ってわかる
先日泳いだら心が痛かった
「ああ、心がまいっているんだ、、、」
とわかる。実に面白い。
何故心が傷ついているのか・・・
人生いろいろあるから・・・・・

ピアニスト仲間から購入したり頂いたりしたCD
夜ごとに聴いて大いなる刺激を受ける
みんな真剣にピアノに向き合っている
私もそこまでの境地に行ってみたいと切に願う

一緒に演奏会をするピアニストから
「オペラは面白いね、オケスコアは興味が尽きないね・・・」
と言われて今一度これから伴奏するすべての曲の
オケスコアを探して勉強してみる
音符を弾け得る限り足してみる
何度も試す
その上で結局何も足さないほうがベストな時もある
でも勉強したことは生きていると思う
そんな刺激を受けられたことに感謝している

老化を感じるこの頃になって
「私は今まで何をしてきたのだろうか?」
という三好達治のみみずくの詩に共感して・・・
若いころはまだまだ未熟でジュクジュクとして
いつの間にか歳を取ったらやってこなかったことがが多すぎて
後悔にジュクジュクとして・・・・・
そんな最近
だから泳ぐと痛い

コロナ前は次々に来る演奏会に立ち向かう事だけで
必死の毎日だった
今は自分と向き合う毎日
ありのままの出来ない自分、足りない自分に目を背けず
出来ることを積み上げていこうと思うこの頃

この焦燥感は20代の自分とダブル
いつまでも大人になれないなぁ・・・・・


SNSは年月を超える

私にはピアノの恩師が6人いる
10歳ぐらいから始めたピアノ。
1人目の先生は著名なタンゴミュージシャンだった池田光男先生。
2人目の先生は奄美大島出身の作曲家でいつも着流しを着ていた宗鳳悦先生。
弾いていけば何でもマルをくれた。
初見は早かったのでピアノ初めて2年後にはショパンエチュードを弾いていた
3人目の先生は芸大へ行く為に紹介された平松雅子先生。
「あなたはスポーツ感覚は抜群にあるけれど、音楽はないわ」
と言われて、音楽って何だろう?とよくわからず。
4人目の先生は近所に住んでいた男の先生。
建築家の設計するデザイナーズハウスに住んでいて
確か学習院卒業の乗馬で国体まで行った先生。
独特の音楽理論を持っていて
「音楽大学なんて行かなくてもよい」
という先生で信奉していたので私は音大ではなく教育学部を選び
大学卒業するまで毎週先生の元に通っていた。
その先生が故本間徳男先生。
どんな大曲も弾いて持って行けば音楽的に教えてくれてOKくれる。
この先生の元でほとんどの主だったピアノ曲を弾く事が出来た。
5人目の先生は学芸大学でお世話になった宮田清先生。
大学1年の時に学園祭で、ベートヴェンのコンチェルト3番を一緒に弾いてくれて
夏休みも特別にレッスンしてくれた。
それなのに習っていた歌の先生が素敵すぎて
「私は歌に転向します」と言って途中でやめてしまった、、、、
6人目の先生は卒業後についた井内澄子先生。
物凄く厳しい先生で、暗譜でなければレッスンしない。
ピアノ奏法の基礎から徹底的に叩き込まれて
20年余り、、、仕事をしながら、家事育児をしながら
通い続けた。

本間徳男先生には面白い生徒さんたちがいた
芸大の管楽器の生徒さん
作曲家の猪間道明さん
桐朋音大の大森晶子さん
その他色々
大森晶子さんは日本音楽コンクールで入賞して
ポーランドにも留学したショパンのスペシャリスト

先日その大森晶子さんから
「一緒に音楽会で伴奏しない?」と
依頼が来た。
京都の人気バリトン歌手様の演奏会で2台ピアノでオペラ伴奏するというもの
勿論やりたい!!!!!
という事で交流が始まった
彼女からは分厚いフルスコアが送られてきた
とにかくピアノの名手なのだから
弾くのはお手の物
今10月の京都リサイタルの為に
日々研究しているところ🎹

彼女が40年、いや50年ぐらいのブランクを経て
何故私にオファーくれたのか?
それはFacebookのおかげかなと思う
Facebookで私は自分の演奏活動をアップしている
伴奏者としての実績を見てくれたからだと思う
SNSの恩恵かなと思う

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私がまだ橋本梢であったころ
美しい日本を代表するソプラノ歌手の故中村邦子先生の
主催する萌木の会で伴奏をさせて頂いていた
その時に出会って仲良くさせて頂いていた歌い手さんから
突然演奏会のオファーが来た
「音楽のまちSEYA」の委員長を務める志村紀美江さん
なんとずっと私のブログを読んでくれていたらしい。
だから私が離婚したのも骨折したのも
演奏活動を続けているのも全部知っている
40年ぐらい会ってないのに!!!!
再会した時まるで昨日別れた友達のように
意気投合してた💛
紀美江さんは凄い!音楽に対する
演奏活動に関する、市民を巻き込む
音楽活動のリーダーとしての資質が半端ない!!
「音楽のまちSEYA」の活動
先ずは日本オペラ「あまんじゃくとうりこひめ」
そして新しくできるホールのオープニング
等々瀬谷区を地盤に音楽活動を展開する
私はそのお手伝いをさせていただくことに
因みにそっと差し上げた私のガヴォーのCD
の価値を認めてくださり、即座にたくさんの
区民の方々に広めてくださった、、涙

これも私が地道にブログで活動をアップしていた恩恵

人生の定年を迎える年ごろになって
色々感じるところがあり
下向きになるこの頃に
超元気な昔の仲間に出会えて
パワーを頂けて
なんだかまた一皮むけた
新しい道が見えてきた気がします

SNSは大事にしよう
顔写真も加工できないかな・・・・・




歳を取るという事

今までにも色々な危機があった

20年ぐらい前にハードコンタクトが合わなくなり
付けたそばから曇ってしまい
見えない中で伴奏し続けた苦い思い出
⇒ソフトコンタクトにしたことで全て解決

3.11の次の日膝が突然水が溜まって
歩くのに不自由、階段もやっと上るほど
⇒4年経ったら自然に治った

最近夜になると楽譜が見えずらくなってきた
(昼間でも光の関係で見難くなることもある)
今まではA3をA4に縮小して平気で読んでいたのに

先月半ば突然走りたくなりウォーキングからジョギングへ
突然ひざが炎症起こしたのか歩くのが不自由に
何なんだ!!歩けないじゃないか!!
整形外科行ったらば「油切れ」
地道な自己ストレッチ体操しかない

老化ってこういう事が重なってくるんだなと・・・

というわけで歩くのも駄目走るのも絶対駄目
になった私は再び泳ぐことに

先先月数か月ぶりに泳ぎ始めた時は
浮くのがやっとだった
25mも辛かった
だから無理しない
ゆっくりゆっくり
頑張らない!頑張らない!
50m×10 バタフライ
50m×10 クロール
400m 個人メドレー
ダウン
大体こんな感じまで泳げるように

昔「田中さんの泳ぎは熱いね!!」
と言われた面影はない

こうやって老化と付き合ってゆく

器用が不器用に
パワフルがゆったりに

今は過渡期
でも慣れていないので気分は鬱

老化かっ!!

嬉しい出会い💛

セヤ音楽会5

私が20代の時、美しい大ソプラノ歌手でいらした
故中村邦子先生の主催なさっていた
萌木の会で伴奏をさせて頂いていた。
その時の歌い手さんがSNSを通じて
40年余りを経て連絡をくださった

彼女はその長い歳月の中で
沢山の経験を積まれて
今神奈川県の瀬谷区で
セヤ音楽の街実行委員会
を取りまとめていらっしゃる
来年区民オペラ「あまんじゃくとうりこひめ」
を公演するそうで、そこに誘っていただいた

少し前から漠然と市民オペラのお手伝いが出来たらな
と思っていたこともあり、
何よりも私を忘れずにいてくれたことと
私が役に立てる機会を頂けたことがうれしくて
久しぶりに出会いノンアルコールで祝杯を挙げた

↓クリックください↓ ヴァイタリティ溢れる志村紀美江さんと💛

セヤ音楽会3

クリックください↓お店の人が歓迎して旗を立ててくれた

セヤ音楽会1

クリックください↓実行委員会の歌い手さん達💛

セヤ音楽会2

クリックください↓

セヤ音楽会4
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プロフィール

田中梢

Author:田中梢
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A型 魚座 ペガサス(動物占い)

趣味
・水泳:かつてマスターズチーム「CSC世田谷」・「JOIA」に所属
専門はバタフライ 獲得メダル多数(ただし強い人がいない草大会)
1600Mリレーで泳いだ400Btは記録と記憶に残る
昔は「根性バッタ」で無駄な水しぶきを上げて周りの迷惑に、コロナを経て泳ぐ意欲が無くなり今は休眠状態💦

・ランニング:「いのししガールズ」に所属。
5k・10k・ハーフ・フルマラソンと経験し挫折。
仕事場に向かう時はいつも意味なく走っていた。
昨年の右手首骨折を経て走るのは厳禁
現在ウォーキングにはまっている
歩くことがとにかく楽しい💛
 
・自転車:昔自転車少女。一時は競技用自転車に乗りトライアスロンに挑戦も、ママチャリで仕事場に爆走してたっけ。酔っ払って3時間走り続けた「大井埠頭伝説」は語り草に。
しかし今は転んだらおしまいの歳になった。ゆっくり
じっくり運転。飲酒と雨の時は乗らないように戒めて。

・読書:かつては活字中毒。辻邦生の音楽的文章を敬っていた。
もっぱら日本人作家の作品を好んで読む。コロナと共にTVのドラマにはまる。
(アマゾンプライムの罪)また最近読書が復活の気配!

好きな食べ物:うに・かに・いくら・おおとろ
最近は漬物道にはまり糠漬けとエシャロット(島らっきょ)が欠かせない

好きな飲み物:黒ビールに赤ワイン(限りなく重いものが好き)
閉めは焼酎!!


好きな土地:女満別(トマトジュースが最高)壱岐(うにと壱岐焼酎と蛍が最高)
が思い出の地だったが、全国各地演奏に行かしていただいて好きな土地がたくさん増えてしまった!

集めているもの:ぬいぐるみ(あらいぐまさん・きつねさん・ねこさん・いぬさん・アルパカさん・・・・・)最近は巨大家族たちが部屋を占領している💦

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